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レッド・ツェッペリン III (Led Zeppelin III)は、イギリスのロックグループ、レッド・ツェッペリンの第3作アルバム。1970年10月発表。プロデューサーはジミー・ペイジ。レコーディング・エンジニアはアンディ・ジョーンズ。 ==経緯== 1968年9月の結成以来、ほとんど休みなく精力的に活動して来たレッド・ツェッペリンであったが、1970年4月、アメリカツアーの終盤にさしかかる頃にはメンバー全員が疲労の極致にあった。ツアー終了後の5月、バンドはライブ活動を一旦停止し、ペイジとロバート・プラントはウェールズ、スノウドニアにあるコテジ、ブロン・イ・アーを訪れ、休暇を楽しんだ。電気もなく、大自然に囲まれた中での暮しは、彼らの創作に強いインスピレーションを与え、いくつもの曲が出来上がった。また、まだお互いに壁のあったペイジとプラントが、この休暇で完全に打ち解ける事が出来たと互いに語っている〔『THE DIG』No.41、シンコー・ミュージック刊、2005年。ISBN 4-401-61945-5、16頁〕。 コテジから戻ってきたペイジとプラントは、ジョン・ポール・ジョーンズ、ジョン・ボーナムと合流し、ロンドンのオリンピック・スタジオで作業した後、ハンプシャー州にあるカントリーハウス、ヘッドリィ・グランジで、ローリング・ストーンズから借りた車載スタジオを持ち込んでレコーディングを行った。ロンドンに新設されたアイランド・スタジオでも追加録音が行なわれ、メンフィスのアーデント・スタジオでマスタリングされた。製作期間中に出演した6月28日に行われたバース・フェスティバルでは、新作から「移民の歌」、「貴方を愛しつづけて」が披露されている〔シンコー・ミュージック・ムック『レッド・ツェッペリン―幻惑されて―』クリス・ウェルチ著、中村美夏訳、1999年。ISBN 4-401-70012-0、44頁〕。 アルバムは10月に入ってからリリースされた。収録曲の半分以上がアコースティック・サウンドであり(A-2およびB面全曲)、1st、2ndで確立したヘヴィ・ロック・バンドというイメージからの脱却を意図したものとなっている。ブロン・イ・アーでの暮らしが彼らの音楽性に影響をもたらしたことは間違いなく、ペイジは「モーテルやホテルの中じゃなく、スノウドニアの素晴しい大自然の中で曲作りをしてたんだから、楽曲が変化して当然だ」と認める一方で〔シンコー・ミュージック・ムック『天才ギタリスト ジミー・ペイジ 完全版』、2004年。ISBN 4-401-61855-6、219頁〕、単なるハードロック・ヘヴィメタルバンドではない事を実証するというよりも、進歩のないバンドではないという事を証明したかったと語っている〔シンコー・ミュージック・ムック『天才ギタリスト ジミー・ペイジ 完全版』、2004年。ISBN 4-401-61855-6、220頁〕。また、ペイジやプラントが元々抱いていたブリティッシュ・トラッドやウエスト・コースト・サウンドへの嗜好なども相まって新作の方向が定められたのだと思われる。 一連のセッションで録音されたものの収録されなかった曲のうち、「ホワット・キャン・アイ・ドゥ」はシングル「移民の歌」のB面に、「ブロン・イ・アー」はアルバム『フィジカル・グラフィティ』(1975年)に、「プア・トム」は解散後のアルバム『最終楽章 (コーダ)』にそれぞれ収録された。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「レッド・ツェッペリン III」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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